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タンペレの産業遺産

13.06.2019

タンペレは、1779年、タンメルコスキ川(Tammerkoski)急流の畔に設立されました。現在、タンメルコスキの急流と赤レンガの旧工場群は、フィンランドの国家的風景として登録されており、タンペレ市街を象徴する風景となっています。

 

フィンレイソン

 

1820年、スコットランド人のジェームス・フィンレイソン(James Finlayson)によって創立されたフィンレイソン(Finlayson)綿織物工場は、北欧諸国で最も重要な産業企業のひとつでした。現在は商業施設として活用されており、工場エリアにはオフィス、レストラン、カフェ、ショップ、ウェルスタス労働者博物館(Werstas)映画館などが存在しています。ウェルスタスは入場無料。さまざまな展示を行いながら、綿織物工場時代当時の労働者階級の様子を伝えています。

タッリピハ・ステーブルヤード(Tallipiha)はタンペレで最も美しい場所のひとつ。19世紀、工場オーナーのウィルヘルム・ヴォン・ノットベック(Wilhelm von Nottbeck)がフィンレイソンエリア内に自分の馬や馬丁のための馬小屋や住居を建設。現在それらの建物にはクラフトショップやカフェが入っています。

ネオルネサンス式のフィンレイソン宮殿(Finlayson Palace)は1899年、ウィルヘルム・ヴォン・ノットベックの息子の住まいとして建設されました。現在は、美しい庭に囲まれた広い夏のテラスがあるレストランとして人気です。

 

タンペッラ

 

1844年、小さな溶鉱炉工場が開業。1861年、同地区内にあったエンジン工場とリネン工場がこの会社に合併し、後に誰もが知る大企業タンペッラ(Tampella)となりました。タンペッラでは、グラインダーやタービン、船舶、機関車等の重工業機械の他、リネン製品も生産されました。現在、昔の工場には、国の重要なミュージアムセンターの一つである、ヴァプリーッキ博物館センター(Vapriikki Museum Centre)が入っています。

タンペラ地区は現在、モダンな住宅地域、そして文化とビジネスの中心エリアになっています。タンペッラン・エスプラナディ通りTampellan esplanadiからは、町一番の高さを誇る、昔のタンペラ蒸気発電所の工場煙突(104m)がよく見えます。近くの丘に立っている木造邸宅は、当時のタンペッラ工場のエンジニアや重役らが暮らしていた住居です。

 

フレンケル、ケヘラサーリとヴェルカランタ

 

18世紀、フィンレイソンエリアの南側のタンメルコスキ川急流のそばに小さな紙工場が設立されました。その後工場はヨハン・クリストファー・フレンケル(Johan Christopher Frenckell)に引き継がれ、フレンケル工場に改名されました。現在フレンケル(Frenckell) エリアにある建物のほとんどは、20世紀初頭に建設されたものです。フレンケル工場の煙突(1870年)は歴史的建造物として保存されており、街を彩る風景の一部となっています。

ケヘラサーリ(Kehräsaari)は昔、工場が建ち並ぶエリアでした。現在、旧工場建物内には地元の工芸品を販売するお店や素敵なレストランなどが入っており、ケヘラサーリは風情溢れる滞在スポットになっています。また、そばにある遊歩橋からは、タンメルコスキの急流を間近に眺めることができます。

1850年代〜1970年代、タンメルコスキ川(Tammerkoski)急流の南岸にはタオル工場がありましたが、現在そのエリアには、モダンなマンションやコスキケスクス・ショッピングセンター(Koskikeskus)、中心街の象徴的建物、オリジナル・ソコスホテル・イルヴェス(Original Sokos Hotel Ilves)などが立ち並んでいます。1896年、工場のオフィスビルだった古い建物には、現在、ピューニキン・ブリューハウス(Pyynikin Brewhouse)が入っており、バー兼レストランとして営業しています。テラス席が人気です。約20種類の生ビールがあり、瓶ビールであれば更に種類も豊富。1858年に染色工場だった建物は、ヴェルカランタ・アート&クラフトセンター(Verkaranta Arts and Crafts Centre)として活用されています。

 

タンペレ・マーケットホール ‐ 歴史ある屋内マーケット

 

タンペレ市は元々、産業と商業の発展を目的として設立された町です。その時代をよく映し出しているのがタンペレの紋章とマーケットホール(Tampere Market Hall)です。タンペレの紋章には、左上から工業で栄えたタンペレの産業を表すハンマー、中央にはタンメルコスキの急流を表現する模様が、そして右下には古代ローマ神話のマーキュリーの杖が描かれています。マーキュリーは商業や行商人の神でした。

1899年、鉄鋼やレンガを使用してマーケットホールの建設が開始されました。タンペレ大聖堂を建てるよりも費用がかかったそうです。1901年にオープンし、約120年の歴史を持つ古いタンペレ・マーケットホールは、今もなお、優れた買い物処として健在で、商人にも買い物客にも歴史的な趣をもつ唯一無二の市場として人気です。

 

アムリ労働者住宅博物館

 

アムリ(Amuri)は、フィンランドで最初に誕生した労働者階級居住地区でした。現在アムリはマンションが立ち並ぶ住宅地ですが、1区画だけ昔の工場労働者たちが住んでいた家々が残されており、アムリ労働者博物館(Amuri Museum of workers’ Housing)として、1880年年代から970年代当時の人々の生活の様子を伝え続けています。

アムリンリンナ(Amurinlinna)と呼ばれる14階建ての建物は、1950年代にフィンレイソン工場で働く女性たちの社宅として建設されたものです。今もなお、ハメーンプイスト公園通り(Hämeenpuisto)沿いにあります。

ピスパラ(Pispala)エリア の散策は楽しい経験になるでしょう。木造建ての家が並ぶこのエリアは昔、労働者階級の居住地でした。しかし現在は、エスカーの丘、ピューニキンハルユ(Pyynikinharju)にある、眺めのいい人気の高級住宅地となっています。

 

ヒエダンランタ

 

ヒエダンランタ(Hiedanranta)は以前、リエハティ(Lielahti)の工業地区でしたが、2016年に一般開放されました。タンペレ市は、エリア内の施設の貸し出しやイベント組織をサポートしたりしながら、このヒエダンランタでの様々なイベントや活動を現実化させています。

ヒエダンランタ内のクルットゥーリティラ・クイヴァーモ(Kulttuuritila Kuivaamo)は、元は古い乾燥プラント工場でしたが、現在は様々なイベント会場としてレンタルされています。その中のパヤ・ビルディング (Paja building)は、職人と芸術家の活動交流の場となっています。2017年の夏には、ケンネリ(Kenneli)が自作したオリンピックの基準を満たす屋内スケートボード場が、クイヴァーモにオープンしました。

また2017年春には、シルクス・ファクトリ(Sirkus Faktori)というサーカス活動センターがクイヴァーモに開業。リエラハティ・マナーハウス(Lielahti Manor House)内にある邸宅喫茶・ミエリフヴィン(Mansion Café Mielihyvin)には、毎日常連客が訪れています。2016年のフローティング・ガーデン(Floating garden)の完成に加えフローティング・サウナ(Floating sauna)の建設作業が今、市民の手によって敷地内で進められています。

 

 

産業の移り変わりと今

 

19世紀、フィンランドで最も重要な工業都市に発展したタンペレは、時代の変化により様々な変化を遂げてきました。古い産業は新しい産業に転換し、中心街の昔の工場の建物は、時代に合わせて新しい目的で再利用されています。

とはいえ、中心街には唯一、今もなお現役で活躍し続ける工場があります。ラウコントリ広場(Laukontori)の港そばにあるTako工場は、1865年砕木パルプ工場として創業されました。現在は、Metsä-Boardグループの一員として、高品質の板紙を製造しています。

 

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